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東京高等裁判所 昭和41年(う)2136号 判決

被告人 川田和生

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人高橋秋一郎名義の控訴趣意書並びに弁護人馬屋原成男名義の控訴趣意書(追加控訴趣意書補充書、正誤表を含む)各記載のとおりであるから、いずれもこれを引用する。

弁護人高橋秋一郎の控訴趣意一、二、弁護人馬屋原成男の控訴趣意第一点、第二点、事実誤認及び法令の適用の誤の各論旨について

よつて案ずるに、原判決の挙示した証拠を総合すれば、原判示第一の児童福祉法三四条一項九号違反の事実及び原判示第二の(イ)、(ロ)の各同条同項同号、六〇条四項違反の事実を肯認するに十分であつて、各所論に徴し、記録を精査し且つ当審における事実取調の結果を参酌、検討しても、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認も法令の適用の誤も存在しない。

ところで、高橋、馬屋原各弁護人はいずれも、原判示第一の事実について、被告人は豊島A子をミストルコとして雇入れたことはないと主張する。しかしながら関係証拠によれば、被告人は当初竜崎某の紹介で、同人と同道した右豊島に面接したが、その場においては同女を直接雇傭せず、竜崎に原判示の「千一夜」の支配人大野薫宛の書面を持たせ、大野に豊島を雇入れるように指示したことが認められるのであるから、被告人が豊島を雇入れた責任者であると解すべきものである。この点につき、被告人は捜査官の取調及び原審公判廷を通じ終始、豊島を断わるつもりで大野支配人に添書をした旨、所論に副う供述をしているけれども、該供述の内容自体合理性に乏しく、又前記証拠に対比して信用し難い。論旨は採用できない。

又、馬屋原弁護人は、被告人は「千一夜」の営業者ではないと主張する。なるほど、当審において顕出された公衆浴場許可書等によれば、右「千一夜」の営業名義人が被告人の妻川田静子となつていることは所論の指摘するとおりである。しかしながら、右営業名義人川田静子が単に名義のみで、実際の営業者が被告人であることは、被告人自身既に捜査官の取調に対し、これと同趣旨の供述をしているのみならず、その妻川田静子も、青木清も捜査官に対し同様の供述をしており、更に、当時の「千一夜」の支配人大野薫及びその前任者なる木村貢はいずれも原審公判廷において、川田静子は店には全然来ず、又直接指図を受けたこともなかつたし、実際に店を動かしている人は川田社長(被告人)と思う旨供述していることに徴しても、容易に看取されるところである。続いて同弁護人は、原判示第二の事実につき、従業者木村貢等が和栗B子及び今井C子の年令を知らないことにつき過失がないかの如く主張する。しかしながら、木村貢らが和栗ら児童を雇入れるに際し、客観的な資料として戸籍抄本、食糧通帳若しくは父兄等について正確な調査をなすなど、同女らの年令を確認する措置を採つた形跡のないことが証拠上明らかである以上、同女らの年令を知らなかつたことについて過失がないというべき筋合ではない(昭和三〇年一一月八日最高裁第三小法廷決定、最高裁刑集九巻一二号二、三八二頁以下参照)。更に同弁護人は、原判決が第二の事実の摘示において、従業員木村貢らが和栗B子らを雇入れるにつき、「被告人の業務に関し」の文言がない点をとらえ、これを論難するが、原判決の事実摘示が所論指摘の文言を包含していることは、同判決を通読すれば自ら明らかであつて、その事実摘示には何らの違法はない。論旨はいずれも理由がない。

次に、高橋、馬屋原各弁護人はいずれも、本件ミストルコの雇入れ行為は、児童福祉法三四条一項九号の除外事由なる、「児童に対する支配が正当な雇用関係に基く場合」に該当すると主張する。

いうまでもなく、右の正当な雇用関係というのは、民法及び労働基準法等の関係法規に照らし、これに牴触しない、即ち瑕疵等のない完全な雇傭契約ないし雇傭状態を意味するものと解するのを相当とするところ、本件においては児童である豊島A子、和栗B子、今井C子と被告人らとの間の雇傭契約は、いずれもその親権者の同意を得ていないものであることは関係証拠によつて明白であるから、その契約の成立自体に民法上の瑕疵が存し、この事実のみによつても、前記児童福祉法の法条にいわゆる、「正当な雇傭関係に基くもの」ではないといわなければならない。論旨はその一前提として、労働基準法五八条が、「親権者又は後見人は、未成年者に代つて労働契約を締結してはならない」と定めたことを挙げ、同条の反面解釈として、十八才未満の未成年者といえども親権者又は後見人の同意なく単独で使用者と雇傭契約を締結することができるというが、同条は、労働契約の特殊性と未成年者保護の観点から、親権者又は後見人が未成年者に代つて労働契約を締結することを禁じ、その範囲で代理権を制限したものであり、その同意権にはいささかの消長がないものと解すべきであつて、未成年者が労働契約を締結する場合には民法四条の原則に則り法定代理人、即ち親権者等の同意を得なければならないことは多く論ずるまでもない。従つて、論旨の前記前提は、誤つた解釈によるものというのほかなく、かかる誤つた前提に基く論旨の理由のないことは明白である。

更に馬屋原弁護人は、トルコ風呂の仕事は児童の心身に有害な影響を与えるものではなく、又被告人或は従業者木村貢らは豊島A子ら三名の児童を、その意思を抑制して、自己の支配下に置いた事実はないと主張する。

よつて案ずるに、児童の心身に有害な影響を与える行為であるかどうかは、結局健全な社会通念に照らし決定すべき問題であると解されるが、関係証拠によれば、本件ミストルコの行為の態様は原判示のとおりであつて、満十八才に満たない児童に、順番又は客の指名によつて入浴客に個々につかせ、外部から見透すことの困難な個室内において、水着を着用したのみの右児童をして全裸の男の入浴客の身体を洗い、マッサージをさせるほか、俗にスペッシャルと称する原判示の如きいかがわしい行為をさせていたものであるから、右は、健全な社会通念に照らせば、たとえトルコ風呂自体は、所論のとおり公衆浴場として営業許可を受けているものであるとしても、精神面、情操面、身体の発育未成熟な児童の心身に有害な影響を与える行為といわざるを得ない。又、児童福祉法三四条一項九号にいわゆる「児童を自己の支配内に置く行為」とは、児童の意思を左右できる状態のもとに児童を置くことにより使用、従属の関係が認められる場合と解すべきところ、本件につき被告人らとミストルコとの間の関係の実態を考察するのに、関係証拠によれば、被告人らミストルコの採用を決定するについては、営業者なる被告人又は支配人において本人に面接したうえ仮採用を決定し、一週間ないし十日間の見習期間中に支配人らからミストルコに対し、入浴客に対する扱い、マッサージ等の技術の講習を実施し、履歴書等を提出させて本採用となること、就業後はミストルコの毎日の出勤時間を、早番午後二時から午後六時まで、遅番午後六時から午前一時までと区分し、出勤簿を設け、無断欠勤、遅刻に対しては一定の制裁金を科せられていたこと、出勤したミストルコに対しては、週に一、二回点呼があり、その際被告人又は支配人から客に対する扱い態度等についての注意がなされていたこと、ミストルコは出勤中は自由な外出は認められず、その収入は客からもらう五百円ないし千円のサービス料のみであること、「千一夜」においては昭和四〇年四月一日以降はミストルコら従業者に対する就業規則が定められたことなどが認められ、これらの事情を総合考察すると、被告人らのミストルコに対する使用関係は、指導、監督につき相当程度強力な措置を包含し、その指導、監督のもとにミストルコに対し、労務に服すべき義務を科する意図を有しており、ミストルコにおいてもこれを受け入れていたものと認められるのであつて、被告人らとミストルコとの間には前記使用、従属の関係があつたものと認めるのが相当である。従つて被告人らに、児童であるミストルコを自己の支配下に置く行為があつたものと認めざるを得ない。論旨はすべて採用の限りでない。

弁護人高橋秋一郎の控訴趣意三、弁護人馬屋原成男の控訴趣意第三点、量刑不当の論旨について

本件犯行の経緯、態様は既に述べたとおりであり、被告人は所論指摘のとおり或る程度の経済力を有し、公共事業に尽力した実績を有しながら、私益追及のため、次の時代を担うべき児童の健全な育成に寄与しようとする児童福祉法の精神に違背したものであつて、犯情悪質といわなければならない。特に、原判示のスペツシヤルと称するいかがわしい行為は、女性の人権を無視した非人間的業態というも過言ではなく、かかる行為を児童にさせていた被告人の社会的、道徳的責任もまた軽視を許さないものがある。これらの事情を勘案すれば、その他所論指摘の諸般の情状を被告人の利益に考慮しても、原判決の量刑は相当であつて、当裁判所においてこれを過重であるとして軽きに変更すべき事由を発見できない。論旨は理由がない。

以上の次第で、本件控訴は理由がないので、刑事訴訟法三九六条に則りこれを棄却すべきものとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅富士郎 石田一郎 金隆史)

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